最近, ますます飛行機恐怖症が強まっているため, ここで私が恐怖を感じる理由を実存的な視点からまとめておくべきだと考え, ブログを執筆しました.
まず, はじめに断っておくと僕自身は飛行機そのものは嫌いどころか, むしろ好きであり調べたり見たりすること, FR24のADS-Bの受信局を自宅に設置するほど好きである. しかし, いざ自分が乗ることを考えると強い”恐怖”を覚える.
この恐怖感については哲学者・精神科医のカール・ヤスパースが唱えた『限界状況』を用いると綺麗に説明出来るのではないかと考えている.
ここで言う『限界状況』とは,人間が自らの力では取り除くことが出来ない死や苦悩, 偶然性など人間そのものの有限性を否応なく意識させられる状況を指す.(限界状況 – Wikipedia)
まず, 飛行機という乗り物では, 顔も名前も人柄も碌に知らないパイロットや整備員, 管制官の能力や判断に, 自分のこれからの人生の全てを一時的に委ねなければならない.
これにより, 私は自分の人生が自分の能力や判断のみで決まるのではなく, 無数の他者の判断や能力, 意図せぬ偶然により予想だにしない方向へと転がっていくという現実を痛感させられ, 強い無力感と恐怖を感じるのである.
また, 航空機事故の当事者たちは勿論, 彼ら自身がその事故により万が一にも落命するとは思いもせず到着地での予定やこれからの人生に思いを巡らせていたであろうことを想像すると, 自分自身が当事者となる可能性が無いとは言い切れないことに思い至る.
つまり, 人生というものは本人の判断に依らずに, 突然終焉を迎える予想できない儚いものであると痛感させられ, 改めて強い無力感と恐怖を覚えるのである.
結論として, 私は航空機に乗ることにより拘束による身体的ストレスに加え, タナトフォビアに基づく実存的なストレスを移動時間の全体に渡って感じてしまい, タナトフォビアによる予期不安も相まって, 飛行機恐怖症になっているのではないかと思う.
ちなみに, 信頼できる唯一無二の彼氏君がパイロットを務めるというシチュエーションを想像すると, これらの実存的恐怖が少し和らぐと共に, もしもの時も未練はあるが運命として受け入れやすいのではないかと感じている.
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